2005年11月14日

今まで自分を否定してきました

心を体を顔を頭を

自分のあらゆるものを

とにかくすべてを否定しました

それなのに

すべてを否定してきたはずなのに

残ったものがありました

それは肯定

否定の否定は必然肯定です

それに気づいたとき

今まで否定してきたものが

急にいとおしくなったんです

否定し続けることで見つけた光

これからは決して見失うことはないでしょう
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posted by ナナセ at 23:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 叫び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あ〜、なるほど。
確かに肯定になりますね。

これからは決して見失う事はないでしょう

否定してきた自分でも、
悩んでもがいて苦しんで
そうやって得たものは大きいですね。

             **まひる**
Posted by まひる at 2005年11月15日 19:49
まひるさんへ
やっぱりこれも願望です。

ナナセはコンプレックスのかたまりなので、いつも自分を否定してばっかりです。
全く自分に自信がもてません。

でも、否定してばかりの自分だけど、行き着く先にこんな肯定があればなと思ったんです。
そう、まひるさんのおっしゃるとおり、もがいて苦しんで得たものはきっと大きいはずだって思うんです。だから今は必死にもがこうって思います。

そうして得たものでも、ひょっとしたら見失ってしまうのかもしれません。
でも、なんとか見失わないようにと思います。

結局人生は、否定の否定の肯定を手に入れた瞬間にまたそれを否定して・・・っていう繰り返しではないかなーと思ったりします。
Posted by ナナセ at 2005年11月15日 20:03

ナナセさん、ずいぶん難しい詩を書かれましたね・・
劣等感の塊・・でんちゃんも同じだよ・・

小学校5年生で肺結核になり・・学校に行けなくなった・・泣いて泣いて明け暮れた・・中学校も全部合わせて1年ほどの出席で・・教育も受けられなかった・・青年時代も病との闘いで死が眼前に控えていた。

独学で勉強したけれど・・劣等感がガソリンとなりエネルギーだったよ・・劣等感を・・エネルギーにしたんだよね・・

そして人生を・・生きていくことを・・喜びとして・・生きていくことが楽しい毎日・・「肯定」という宝を手に入れたんだよね。
Posted by でんどう三輪車 at 2005年11月16日 00:42
でんどう三輪車さんへ
当然のことですが、やはりでんどう三輪車さんは人生における先生です。
ご自分の生い立ちについて話していただいて感謝の極みです。
ほんとにありがとうございます。

とても厳しい青春時代をすごされたのですね。それでも独力でがんばって「肯定」という宝物を手に入れられたことは本当に尊敬に値すると思います。

とてもよい話をありがとうございました。
Posted by ナナセ at 2005年11月17日 14:29
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