2005年11月02日

生かされた生よりも

自ら決める死を

その死は、死ぬための死ではなく

己が人間であるため、君のため、あなたのため、彼のため、彼女のための

生の中の死、生きるための死なのです
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posted by ナナセ at 17:27| Comment(6) | TrackBack(0) | 叫び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初コメントです。
というか、さっきコメントにリンク入れていただいていたので、さっそくきました。

深いな〜と思い、コメントさせていただきました。
『生』や『死』は、私の中ではものすごく重いもの、というか、今の自分にはまだ書くことが難しいものです。
だから、この詩(残してくださったコメントでは、そうではないとおっしゃっていましたが)は深いな〜、すごいな〜と思いました。

医療系の大学に通っているんですが、
いろんなことを考えさせられました。
うん、深い!!

あ、これからもどうぞよろしくお願いします。
よかったら、リンク登録させていただきたいのですが。
                **まひる**
Posted by まひる at 2005年11月02日 22:40
まひるさんへ
おーーーー。さっそく来ていただいてほんとにありがとうございます。
とてもうれしいです。

いえ、まひるさんのおっしゃるとおり、生や死はとても重いものなので、こんなに軽々しく語るべきではなかったのではないかと今思いました。
反省です。

リンクの件ですが、ぜひよろしくお願いします。
うれしいです。
こちらでもはらせていただきますね。
Posted by ナナセ at 2005年11月02日 22:45
いえいえ、そんなつもりで言ったんではないんですよ。
私はこの作品を読んで、いろんなことを考える事ができましたし、
私もいつか書いてみようと思えましたし。

この作品を読んで、いいなと思ったからコメントさせてもらったんですよ。
反省だなんて・・・。
とんでもないです!!

リンクの件ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

吐もすごくよかったです。
本当にそうなんですよね。
結局、自分の弱さを表に出してるだけで・・・。
3つとも、とてもいい作品でした。
                 **まひる**
Posted by まひる at 2005年11月02日 22:55
まひるさんへ
そうですか?
なんだかそういっていただけるとほんとうにうれしいです。
こちらこそリンクありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。
がんばります。
Posted by ナナセ at 2005年11月02日 23:08
生死の問題・・一番重要な問題ですが・・ナナセさんが軽々に取り扱われたとは思いません・・この問題を常に念頭において生きていくことが大切だと思います・・どの詩の奥にも・・生と死は存在していると思います・・若い人たちが・・真正面から立ち向かうことが大切だと思います。僕は末の娘を17歳の時交通事故で喪いました。常に生死の問題は心から離れたことはありません。
これからもどんどん勉強して大成してください。
Posted by でんどう三輪車 at 2005年11月08日 18:37
でんどう三輪車さんへ
生の喜びを表現する以上、死については考えざるをえません。生の苦しみを語る以上、死を無視することはできません。
そう考えるとでんどう三輪車さんのおっしゃる通り、どんな詩の奥にも死という存在が見え隠れしてるんだなと思いました。

伝道三輪車さんの娘さんのご冥福をお祈りするとともに、自分自身もっと死について考えて見たいと思います。
Posted by ナナセ at 2005年11月09日 10:54
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